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Souvenir

以前「キリストの墓」の記事の時に、ここでも紹介させていただいたやっぴさんのブログ
「続・カクレマショウ」に素敵な記事がありました。

ちなみに、やっぴさんのブログは右サイドバー「世界が拡がる」からもリンクしています。
とても興味深いお話がいっぱい!
青森の話、教育の話、本の話、映画の話・・・・・話題が豊富でとても勉強になる楽しいブログです。興味が湧いたかたは是非遊びに行ってみてね~

ここから飛べま~す!→『4年1組 命の授業-金森学級の35人』

やっぴさんの文章から、本を読んでの感動がすごく伝わってくるので、最初から最後までコピペしてここに残しておきたいくらいですが、
今日のミジンコが一番心を打たれてうるうるしたのが次の部分でした。

小さい頃に父親を亡くした光芙由(みふゆ)という子がいます。彼女は、クラスの中で、父親がいないことに自分からはあまり触れないようにしてきました。ある日の手紙ノートで、おばあちゃんが亡くなったことを発表した子がいた。光芙由は、その発表に対する返答として、3歳の時にお父さんが死んだことをクラスのみんなの前で初めて話す。ぽろぽろ泣きながら。金森先生はそんな光芙由を抱きしめて語りかける。「…いつも心にしまっておくとつらい。な、光芙由。だから一度は光芙由がお父さんのことをみんなの前で言ったほうが気が楽になるだろうなと思っていたけども、今日そのことをしっかり言ってくれたのは、先生、とても嬉しかった。…」

光芙由は、その後、「命のリレー」の呼びかけの時、お父さんのやっていた仕事のことを母親から聞いてきています。お父さんはデザイナーだったこと、自分の部屋にもお父さんが描いた絵が飾ってあること、自分も素敵な絵が描きたいと思っていること…。

 金森先生がみんなを挑発する。
 「おまえら、この手紙ノート聞いて、なんも出んの?」
 子どもたちも敏感だ。すぐさま「その絵持ってきて」と声が飛んだ。
 「お母さんに聞いてみます」


翌日、光芙由はその絵を学校に持ってくる。誇らしげに父親の描いた絵を見せる光芙由に、金森先生は
「絵が好きだという心、それをお父さんは光芙由に残してくれたんだね」
と言う。

読んでて泣いてしまったんですよね~

 心を残してくれた 

さりげなくこんなセリフを言える大人ってそんなに多くはいないような気がします。

心って目には見えない。
心の中にある「好き」も「嫌っ!」も「悲しい」も「嬉しい」も「楽しい」も「幸せ」も「苦しい」も「さみしい」も「悔しい」も「心配」も「不安」も「感動」も、それ自体が形を持っているわけでも目に見えるわけでもなくて、五感で表現されなければ目に見えるものにはならない。
「優しさ」や「愛」や「いのち」だって、目には見えないし形もない。

本当に大切なものは目にも見えず形もない。
だけど、そういうものこそ、子供たちに伝えていかなければならない最も大切なことの一つだと思います。

「命のリレー」って、そういう「目にも見えず形もないけれど本当に大切なもの」を子供たちへ孫へと伝えていくことなんじゃないかな~。
「命のリレー」って、「目にも見えず形もないもの」を伝えるために「目に見える形にしていく努力」のことなんじゃないかな~。
金森先生は、そんな努力をしている大人の一人なんでしょうね~。
金森先生みたいな大人になってゆきたいな・・・・。
年齢だけ見ればいい大人なのに、何の努力もしようとしない自分がかなり恥ずかしい・・・・


やっぴさんの記事を読んでて、しみじみとそんな事を考えました。

そして、ミジンコやペコが小学6年の時の担任だったT先生を思いだしました。

T先生はいつも竹のムチを持ってた。今なら大問題になりそうですが、宿題を忘れたり、廊下を走ったり、他の子をからかったりするとその竹のムチで頭やお尻をぺチッ!と叩かれました。

授業のやり方や宿題の出し方もちょっと変わってましたが、中でもミジンコが忘れられない授業があります。
どういう授業かというと、

図工の時間に自由画を描きます。
その絵に「題」をつけます。
何の科目の授業だったか忘れたんだけど、その絵を黒板にずらりと並べて張ります。
T先生がいろんな音楽のレコードをかけます。
その曲を聴いてイメージした絵と似たようなイメージの絵を選んで自由に発表します。
「その曲を聴いたイメージがこうだからこの絵がいいなと思いました」
「私は違うイメージなのでこっちが合うと思いました」
みたいなことを自由に話し合います。
あくまでも曲を聴いたイメージと絵を見て感じたイメージについてなので、絵のうまい下手はもちろんのこと、正解などありません。
そうやって自由に語り合うことで、
「へえ~、そんな感じ方もあったんだ!」
「あの子ってそんな風に感じるんだな~」
みたいに、目に見えたり耳に聞こえたりする「一つのもの」が人それぞれいろんな風に感じられるんだということがわかって、ミジンコ的にはほんとに大好きな授業でした。


ある時、ミジンコはテキトーに描き終わった絵に「未来の宇宙」という題をテキトーにつけました。
それを見たT先生は、う~んと唸って
「ミジンコ。宇宙てのは未来も過去も現在も全部含んでるんだぞ。「未来の宇宙」ってのは「新しい新人」みたいな題じゃないか?」
と言いました。
11歳のミジンコは??????????です
T先生、何しゃっべってらんず~??????
そんなボケーーーーーっとしたミジンコと目が合うと、T先生は
「ま、いっか。中学校に行ったらもっと勉強しろよ!それにしてもずいぶん手抜きの絵だな~」
と苦笑して竹のムチでミジンコの頭をぺシッと叩きました。
いやまったく、T先生ったらなんでもお見通しで

中学生どころか、高校生になってからとある漫画←で「宇宙における時間の在りよう」を知った時、初めてT先生のあの時の言葉の意味を理解しました。

T先生ったら
たかだか11歳の子供に宇宙哲学の話をしてくれてたんず
どんだけ真摯に子供と向き合ってたんず

と、いたく感激したことを思いだします。

ミジンコはT先生が大好きでした。ペコも大好きだったと思います。
初恋のSイチも多分そうでしょう。Sイチの親友のTくんもそうだったと思います。


ミジンコたちが高校生になった冬の寒い朝、
T先生は一人で旅立ってゆかれました。
ミジンコとペコが学校を早退して駆けつけた葬儀の場には、各地の学校や職場へ散らばっていたかつてのクラスメートもたくさん駆けつけていました。
読経の声を聞きながら、ミジンコの頭の中では「未来の宇宙」にクラスメートが選んでくれた「スーベニール」という曲が流れていました。

そう言えば「スーベニール」って「おみやげ」くらいにしか思ってなかったけど、ほんとはどんな意味があるんだろう?
っと、ネットで検索してみたら、

Souvenir

思い出」とか「形見」という意味もあるフランス語。


なんか・・・・
ちょっと・・・・・
目がしらが・・・・


大好きだったT先生。

T先生からは「感じる力」「願う心」「伝える努力」を教えてもらったような気がします。
それがT先生がミジンコたちに伝えてくれた「命」のバトンなんだろうな・・・。
その割にはせっかく預かったバトンを放置してきてしまったけれど・・・・
その大切な「命」のバトンをミジンコも子供たちにきちんと渡してゆきたい
反省と共に、そんな願いを引き出してくれたやっぴさんの記事でした。


T先生が「一年生でも六年生でも、毎年、学級訓はこれに決めてる」と黒板の上に張ってた学級訓のフレーズを今でも時折思い出すことがあります。
大好きだった学級訓もここに残しておきたいので、続きに置いておきま~す。

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

177

六年○組 学級訓

生活を見る目は
   たしかだろうか

どんなことに喜び

どんなことに悲しみ

どんなことに怒り

どんなことに驚き

どんなことを願い

どんなことを美しいと思い

どんなことをみにくいと思い

どんなことに心を動かし

どんなコトバで

   それを言い表しているか

どんなコトバで叫んでいるか

  値打ちある

   生活のために・・・

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ミジンコのアンテナ」カテゴリの記事

コメント

やっぴです。
ご紹介くださってありがとうございました!

ミジンコさんのように考えられる大人が増えたら世の中もっともっと良くなりそうな気がします。
そして、「T先生」みたいな先生も…。

すてきな学級訓ですね。金森先生とおんなじですね。

投稿: やっぴ | 2010年8月 2日 (月) 00時04分

やっぴさん、お忙しいのに読んで頂いてコメントまで!感謝感激です
やっぴさんの記事にはいつもいろんなことを考えさせられているのですが、今回は特に心の奥がうずうず?してしまいました。
子供たちに何を残していけるんだろう?
金森先生やT先生ややっぴさんのように「本当に大切なものを見出だすまなざし」を次の世代に伝えていけるような大人でありたい!と思いました。
なので、これからもやっぴさんのブログで勉強させて頂くつもり満々です
見当違いなコメントもするかもしれませんが、宜しくお願いしますm(_ _)m

投稿: ミジンコ | 2010年8月 3日 (火) 07時18分

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