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赤い靴 と 乙女の祈り

 赤い靴ぅ~は~いてたぁ~ お~んなぁのぉ子ぉ~
    い~じん(異人)さんにぃ  つ~れられぇて~ 
       い~っちゃぁ~った~



野口雨情 作詞、本居長世 作曲の「赤い靴」という童謡の一節です。
この歌を知らない人は少ないのではないかと思いますが、ミジンコも小さな頃はよく歌っていました。
ミジンコの田舎では、赤い靴 や異人さん に出会うことも珍しかった時代です。
連れられて行っちゃった というフレーズに何とも言えない怖さを感じていました。
中学生くらいになって、この歌の本当の意味を知るまでは、人さらいの歌だと思い込んでいたので、なんでこんな歌が童謡として歌い継がれているのか本気で不思議でしたね~

この歌のモデルとなったのは「きみちゃん」という実在した女の子だそうです。
きみちゃんは私生児として生まれました。
お母さんはきみちゃんを連れて鈴木志郎さんと結婚します。
その後、両親は北海道の開拓地へ入植する事になりました。
両親は、幼い女の子が厳しい北の開拓地で暮らすのは不憫だと(もちろんそれだけが理由ではないでしょうが)、きみちゃんを養女としてアメリカ人の神父に預けました。

歌の中のきみちゃんは異人さんと一緒に船に乗って行ってしまいますが、
実際には、神父に帰国命令が出た時、当時不治の病と言われていた結核に冒されていたきみちゃんは、長い船旅に耐えられる体力は残っていませんでした。
きみちゃんは、東京の孤児院に預けられ、そこで、わずか9年の人生を終えます。
北海道の開拓地にいたきみちゃんの両親はおそらくそんなこととは知らず、きみちゃんが異国の地で暮らしていると信じたまま、その生涯を閉じました。

そんなお話を、大正時代の有名な詩人、野口雨情が詩にしたのが、この童謡「赤い靴」なのだそうです。
ネットでいろいろ読んでみると、この説には異論もあるようですが、野口雨情本人でない限り、どれが真実かなんて誰にも決められないでしょう。
歌を聴いた人が、それぞれの心の中に描かれて拡がる風景を味わえばいいだけの事のような気がしますが、「研究」や「学問」となるとそれだけでは済まされないんでしょうね。


さて、「この歌のモデルになったのはきみちゃんという女の子である」という説に基づく「赤い靴」の記念像は、横浜、静岡、東京、北海道と各地のゆかりの地に建立されているらしいのですが、きみちゃんの義父鈴木志郎さんの出身地である青森県鯵ケ沢町(今ではあのブサかわ犬わさおが有名ですね)にも建立したいということで運動が続けられているらしく、そのためのチャリティコンサートがあると言うので、ペコに誘われて行ってきました。

「伊藤咲子コンサート」


伊藤咲子さんと言えば「ひまわり娘」
ミジンコの同年代なら知らない人はいないかも
伊藤咲子さんの所属事務所「ミュージック・オフィス合田」の社長である合田道人さんが童謡に造詣が深く、去年地元の新聞「東奥日報」に「童謡の風景」という記事を連載されていたご縁から今回のコンサートが企画されたようです。←ミジンコあたまの記憶ですから間違ってるかも~


場所は「日本海拠点館」
わさおのいるお店からすぐのところです。
チケット1000円の自由席。
前から3列目というナイスな席に座ることができました。
周りを見回すと、ミジンコと同じ世代の顔ぶれがほとんどです。
下北文化会館の記事 に登場したTくんもいました
歌のあるところには必ず出没するTくん。ほんとに歌が好きなんだね~


500人くらいしか入らないホールですが満席です。
ミジンコたちの前方最前列には「ひまわり隊」と書かれた紙が貼ってあります。
指定席でしょうか。
10数名のおじさんたちと、ミジンコよりちょい若めな女性の方が数人座ってます。
おじさんの持つきらきら光るウチワには「サッコ」の文字が
おお!
きっと伊藤咲子さんのファンクラブの方なのね
その他にも蛍光ライトや見たことのない応援グッズの準備に余念がありません。
誰のファンであれ、熱心なファンのウキウキした姿をみるのは楽しいです
ミジンコもだんだんウキウキしてきました


主催者の御挨拶も終わり、いよいよ咲子さん登場です
バンドも何もなく照明だけというシンプルなステージに、きれいなグリーンのドレスで登場した伊藤咲子さんは大輪の花のようにきれいです
最初の曲は「ひまわり娘」
思わず一緒に口ずさんでしまったわ
この歌が伊藤咲子さんの一番のヒット曲だと思っていたら、どうやら違うらしく、
一番ヒットしたのは2曲目に歌った「木枯らしの二人」なんですって。
これまた懐かし~
当時は伊藤咲子さんのことを好きってほどでもなかったのに、何故か一緒に歌えますw
それほどヒットしてテレビやラジオで流れてたんでしょうね~。
いや、ほんと懐かしかった!

その後は、
伊東ゆかりさんの「小指の思い出」
園まりさんの「逢いたくて逢いたくて」
中尾ミエさんの「片想い」
を続けて歌ってくれました。
ミジンコは小学生の頃から園まりさんが大好きで「逢いたくて逢いたくて」も大好きなので、思いがけなく聴けて嬉しかったです
その他には、森昌子さんの「越冬つばめ」だったかな?
ミジンコあたまの記憶が~~っ
伊藤咲子さんがこんなに歌が上手いという印象がなかったので ←すみませんっ
歌のうまさに感激しました


童謡のCDも出されてるそうで、会場に降りてきてみんなと「ふるさと」を歌ったり、
最前列に陣取ったファンクラブ「ひまわり隊」のみなさんをステージにあげて一緒に「ひまわり娘」歌ったり、しかも自分で歌詞を間違えたり(笑)、ステージと会場が一体になって楽しかったです。


最後は、童謡「赤い靴」
合田さんの書かれた「赤い靴」のいわれを朗読してくれました。
ちょっとしんみりした空気の中で「赤い靴」を熱唱。
赤い靴を履いて異人さんに手をひかれたきみちゃんが思い浮かぶような情感こもった素敵な歌でした~


いい感じで締めくくってお辞儀した咲子さんですが、
下りてきた緞帳が咲子さんの後頭部を直撃Σ(゚□゚(゚□゚*)Σ(゚□゚(゚□゚*)
痛そう・・・・
大丈夫かしらと思いながらもミジンコもペコも、非情にアンコールの拍手。
再び上がった緞帳の向こうから現れた咲子さん、後頭部を撫でながら苦笑いです。
けっこうドジっ子らしい咲子さんの高感度がアップしたのは間違いないでしょう


アンコールは「乙女の祈り」だったんですが、これも何故か口ずさめました
改めて聴いたら、すごくいい歌だな~。
ちょっと泣きたくなるほど良かった。
もう一度生で聴きたいです。


緞帳が下りてもまたアンコールの拍手が続きます。
二度目のアンコールは、これも大ヒットした「君かわいいね」
当時の可愛い振りで、高いヒールのキラキラ光るミュールでステージを右へ左へ
同じくらいの世代とは思えない機敏で可愛いしぐさにまったく違和感はありません。
こういうふうにかわいらしく年をとることもできるんだな~。
拍手をしながら、同じ時代を生きてきた自分へのいろんな反省がミジンコの胸の中を駆け抜けておりました


終わってロビーへ出ると本を買った人に咲子さんがサインをしてくれてます。
さっそくペコが本を買ってサインをしてもらいました。
握手をして一緒に写真も撮って、昔から咲子さんのファンだというペコ妹さんが、咲子さんに岩木山の特別な写真を渡したらすごく喜んで下さって「いつも持っていたいわ~」と言って下さって、ほんとに人柄もいい感じでしたよ


ところで「ひまわり隊」のみなさんは、埼玉や名古屋や遠くは岡山から駆けつけたとのことで、コンサートの後は咲子さんと温泉一泊のバスツアーだそうです。
ミジンコたちが帰る時、玄関に不老不死温泉の送迎バスが停まってたから、たぶん不老不死温泉に泊るんでしょうね。
あんな風に大好きな人を応援する仲間がバスツアーとか温泉一泊とか、いいよね~。
すごくうらやましいな~。
大盛り上がりの夜になるんでしょうね!
不老不死温泉はお料理も美味しいし、いっぱい楽しんでくれたらいいな~。

それにそれに!
コンサート中の写真も撮り放題だったんです
ビックリでした(笑
途中で気づいたミジンコも沢山写真を撮りましたが、さすがにブログには載せられないので残念です
ていうか、まともな写真が一枚もないんですけどぉ~ (´;ω;`)ウウ・・・


先日再婚されて幸せいっぱいな咲子さんのトークも面白く、歌のうまさも満喫できて、予想以上に楽しいコンサートでした
また、伊藤咲子さんのコンサートがあったら行ってみたいな~。
家に帰って来てからも、you tube で何度も何度も聴いてます。
いくつになっても乙女の祈りは心のどこかにずっと在るんだなあと思いながら
きっと100歳になっても在るんだろうな~

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うた に まつわるエトセトラ」カテゴリの記事

コメント

「赤い靴」の歌は私も幼い時、異人さんに会うと外国へ連れて行かれちゃうみたいな怖いイメージをもっていましたね

地元にいるのに誰が作った歌か知らなかったし、こんな深~いエピソードがあったなんて…感動しました。
ミジンコさん、UPしてくれて感謝です<(_ _)>

山下公園にある「赤い靴の女の子の像」は体育座りで遠くの海を見つめて寂しそうです。
彼女は親御さんとともに北海道に行きたかったのかな?それとも横浜にいたかったのか?…異人さんと共に外国に行きたかったのかな?
たぶん当時の日本では子どもが大人に意見できなかったと思うから、どんな気持ちでこの世を去って行ったのか気になります。

「伊藤咲子」コンサート
いいな~。
私も特にファンじゃなかったけど近県だったら行ってたかもです
当時小学2~4年生くらいだったと思いますが、歌謡曲大好き少女だったので、今も歌えますよ
私は「木枯らしの二人」が一番好きです( ´艸`)プププ
彼女はスタ誕出身でオーディションの頃から岩崎宏美と並ぶ歌の上手さに定評がありました。
たしかデビューした時は13才だったと思います。
以前「あの人は今」みたいな番組で飲み屋のママをやってるって聞いてましたけど、コンサートしてたんですね。
写真取り放題のコンサートにファンとの温泉ツアー。
こんな企画がケンちゃんにあったら完全に死んでしまします⊂⌒~⊃。Д。)⊃ ピクピク

投稿: AKI | 2010年2月28日 (日) 14時20分

私も山下公園の「赤い靴の女の子像」のことは、知っていましたが、実際にアメリカに渡れなかったことは知りませんでした。
「赤い靴」の記念像が、横浜以外にもあることも初めて知りましたよ。
作詞、作曲が同じ「青い目の人形」も、ちょっと物悲しい感じで心に残ります。

伊藤咲子~~
お京、いつも間違いおじさんの「だれのために~」という歌声を聞かされてま~す
なんか、懐かしい歌ばかりで…さらに「ひまわり隊」のみなさんの楽しそうなこと
対抗して「松まわり隊」で温泉旅行行きた~い

投稿: お京 | 2010年2月28日 (日) 17時25分

赤い靴のエピソードご紹介ありがとうございます。
本当に子供心に、この歌詞とメロディーに、ミジンコさんと同じように感じていたことを思い出し、さらに、こんなお話があったなんて。

子供が大きくなってくると、童謡を歌う機会が少なくなってきますが、
作られた背景や歌詞から推察される情景を思い浮かべられるよう、もっと勉強したいなと思ってしまいました。

「ひまわり娘」わいも歌えますよ。
>写真取り放題のコンサートにファンとの温泉ツアー。
そんな夢のような企画
「松まわり隊」よく思いつくなぁ。座布団何枚?

投稿: かづ | 2010年2月28日 (日) 22時25分

AKIさん、おはよう!
山下公園の「赤い靴」の像、覚えてます!
うん、なんか寂しそうな印象があります。
孤児院で亡くなった9歳の女の子・・
どんなにさみしかったろう・・・
想像すると胸が詰まりますね・・
AKIさんが感動して下さっただけでも紹介してよかったです
私、ちょっとLのことを思い浮かべちゃったんですよ

ところで、AKIさんは伊藤咲子さんのこと詳しいね~!
そうそう、岩崎宏美さんと同期だと言ってました。
宏美さんの歌唱力は印象に残ってたんですが咲子さんはそんなに歌がうまい印象がなかったので歌のうまさにびっくりしたんですが、当時からそうだったんですね~。咲子さんに謝っておかねば!

「ひまわり隊」のみなさん精力的ですよね~!
>写真取り放題のコンサートにファンとの温泉ツアー。
こんな企画がケンちゃんにあったら完全に死んでしまします⊂⌒~⊃。Д。)⊃ ピクピク

いやまったく!
AKIさんじゃなくても昇天する人続出ですって!
私はその隙をぬってケンちゃんひとり占めさせていただこうかなへへ

投稿: ミジンコ | 2010年3月 2日 (火) 05時47分

お京さん、おはよう!
そう、私も横浜意外にも像があるって初めて知りました。「青い目の人形」も同じ作詞作曲なんですか!あれもよく歌ったな~。
こうして背景を知ると、童謡も奥が深いですね~

間違いおじさんはサッコちゃんのファンなのかな!?
実は「ひまわり隊」の隊員!?
あの日あそこでサッコ~!!!って叫んでたメンバーの中に居たりして!(笑

>対抗して「松まわり隊」で温泉旅行行きた~い

夢の企画大賛成!!!!!
ファンが減ってバス一台分くらいになったら可能かも(爆
悩ましいわね

投稿: ミジンコ | 2010年3月 2日 (火) 05時58分

かづさん、おはよう!
童謡も背景を知ると奥が深くてビックリですよね~。
私ももっと知りたくなったよ。
ペコが本を買ったので、それ読んで勉強しようと思います←自分で買えよって話ですが

かづさんもひまわり娘歌えるのね。
元気が出る歌ですよね~。
咲子さんもすごく元気パワーのある方でしたよ!
「ひまわり隊」の隊員のこともよく知ってて、みんな仲が良くてマジでうらやましかった~!
「松まわり隊」
お京隊長について行くべ!!

投稿: ミジンコ | 2010年3月 2日 (火) 06時04分

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